日本バドミントン界に数々の金字塔を打ち立ててきた「ワタガシペア」こと、渡辺勇大選手と東野有紗選手。2024年夏、パリオリンピックでの2大会連続銅メダル獲得という快挙の直後に発表された突然の解散は、多くのファンに衝撃を与えました。バドミントン混合ダブルス渡辺・東野ペアの解散理由を巡っては、不仲説や結婚の影響などさまざまな憶測も飛び交いましたが、その真相は非常に前向きで、お互いの未来を尊重した決断でした。
中学時代から13年という長い年月を共に歩んできた二人だからこそ、たどり着いた答えがあります。この記事では、なぜ今このタイミングで解散を選んだのか、その背景にある東野選手の夢や渡辺選手の思い、そしてそれぞれの新しいパートナーとの挑戦について詳しく解説します。日本バドミントン界の歴史を塗り替えた二人の歩みを振り返りながら、私たちが知りたい「解散の真実」を紐解いていきましょう。
バドミントン混合ダブルス渡辺・東野ペアの解散理由と真相

多くのファンが最も気にしているのは、なぜ世界トップクラスの実力を維持し、オリンピックでも結果を残した二人が解散を選んだのかという点でしょう。結論から言えば、最大の理由は東野有紗選手が女子ダブルスで世界の頂点を目指したいという強い希望を持っていたことにあります。決してネガティブな理由ではなく、競技者としての純粋な情熱が理由でした。
東野有紗選手が抱き続けた女子ダブルスへの強いこだわり
東野有紗選手は、渡辺選手と混合ダブルスで数々の実績を残してきましたが、心のどこかで常に「女子ダブルスでも世界と戦いたい」という思いを抱いていました。バドミントン競技において、混合ダブルスは男女がペアを組む特殊な種目ですが、東野選手にとっては女子同士で組むダブルスもまた、捨てきれない情熱の対象だったのです。28歳というアスリートとして脂が乗った時期に、もう一つの夢に挑戦したいと考えるのは、非常に自然な流れと言えます。
実は、東野選手は以前から女子ダブルスへの意欲を周囲に漏らしていました。しかし、渡辺選手との混合ダブルスでの成功があまりに大きかったため、これまではその夢を封印し、ペアとしての活動に専念してきた経緯があります。パリオリンピックで2大会連続のメダルを獲得し、一つの区切りがついたことで、ようやく自分自身の新たな挑戦に踏み出す決意を固めたというのが、解散の核心にある理由です。
女子ダブルスは、混合ダブルスとは戦術もスピード感も全く異なります。東野選手はその違いを理解した上で、あえて厳しい道を選びました。彼女の武器である力強いスマッシュや高い身体能力は、女子ダブルスの舞台でも十分に通用するはずです。これまでの経験を活かしつつ、全く新しい環境でゼロから頂点を目指す彼女の姿勢は、多くのバドミントンファンに勇気を与えています。
パリ五輪後の「次なる挑戦」に向けた前向きな決断
解散のタイミングがパリオリンピック後になったのは、二人がこの大会を一つの集大成と考えていたからです。13年間、中学・高校時代から苦楽を共にしてきた二人にとって、オリンピックは最大の目標でした。東京五輪での銅メダル、そしてパリでの銅メダル。世界トップレベルで戦い続けるプレッシャーの中で、二人は常に日本の混合ダブルスを牽引してきました。その大きな山を登りきったからこそ、次の景色が見えたのです。
もしパリ五輪で満足のいく結果が出せなかったら、解散はもっと先になっていたかもしれません。しかし、2大会連続でのメダル獲得という素晴らしい実績を残したことで、二人は「やりきった」という達成感を共有することができました。これは決して燃え尽き症候群ではなく、プロのアスリートとして次のステップに進むための、潔い決断だったと捉えるべきでしょう。彼らにとって、解散は終わりではなく、個々の可能性を広げるためのスタートラインなのです。
二人の関係性は、単なるビジネスパートナー以上の深い信頼で結ばれています。だからこそ、お互いの人生の選択を尊重することができました。東野選手が新しい挑戦をしたいと言い出した時、渡辺選手もそれを快く受け入れました。これは、長年共に戦ってきた戦友としての最大のリスペクトの形と言えるでしょう。ファンにとっては寂しい発表でしたが、二人の表情には晴れやかな決意が満ちていました。
渡辺勇大選手が背中を押したパートナーへのリスペクト
渡辺勇大選手は、混合ダブルスにおいて世界最高峰のテクニックを持つ選手として知られています。彼にとって、東野選手という最高のパートナーを失うことは、競技生活において大きなリスクでもありました。しかし、渡辺選手は東野選手の意志を尊重し、彼女の新しい挑戦を全面的に支持しました。そこには、13年間自分を支えてくれたパートナーに対する深い感謝の念がありました。
渡辺選手自身も、混合ダブルスという種目に強い誇りを持っています。彼は解散後も混合ダブルスを主戦場としていくことを決めており、自身のプレースタイルをさらに進化させる道を選びました。東野選手の女子ダブルス転向を認めることは、自分自身も新たな環境に身を置くことを意味します。お互いが甘えることなく、それぞれの道を突き進むことが、これまでの二人の歩みを肯定することに繋がると考えたのかもしれません。
会見やSNSでの発言を見ても、渡辺選手が東野選手に対してかける言葉には優しさと信頼が溢れています。「彼女がやりたいことを全力で応援したい」という言葉は、偽りのない本心でしょう。このように、解散の裏には二人の成熟した人間関係と、バドミントンに対する飽くなき情熱が存在していました。お互いの幸せと成長を第一に考えた、非常に清々しい別れだったのです。
ワタガシペア解散のポイント
・解散の主な理由は東野選手の「女子ダブルス挑戦」という夢のため。
・パリ五輪での2大会連続銅メダル獲得を一つの区切りとした。
・渡辺選手も東野選手の意志を尊重し、前向きに送り出した。
13年間の絆が生んだ輝かしい実績と「ワタガシ」の歴史

渡辺・東野ペアがこれほどまでに愛された理由は、その圧倒的な強さはもちろん、中学時代から続く二人の長い歴史にあります。日本のバドミントン界において、混合ダブルスという種目がこれほど注目を浴びるようになったのは、間違いなく彼らの功績です。福島県での出会いから始まり、世界1位に登り詰めるまでの軌跡は、まるで物語のような美しさがあります。
福島県富岡町から始まった中学・高校時代の出会い
二人の物語は、バドミントンの名門・福島県富岡町立富岡第一中学校で始まりました。東野選手が1学年上の先輩、渡辺選手が後輩という関係です。当時、日本のバドミントン界では混合ダブルスはそれほど重視されておらず、多くの選手がシングルスや男女ダブルスの「ついで」にプレーするような種目でした。そんな中、当時の指導者の勧めでペアを組んだのが、全ての始まりでした。
東日本大震災という困難な時期も、彼らは共に過ごしました。震災の影響で拠点を移さざるを得なかった時期も、二人はバドミントンを通じて絆を深めていきました。この多感な時期に共有した苦労と経験が、コート上での阿吽の呼吸を作り上げたと言っても過言ではありません。先輩後輩という関係でありながら、お互いを「勇大くん」「先輩」と呼び合い、時に厳しく、時に優しく支え合ってきた歴史が、彼らの強さの土台となりました。
高校時代には、すでに全国レベルでその名を知られる存在となっていました。しかし、二人が本格的に世界を見据えるようになったのは、実業団に進んでからのことです。中学・高校という人格形成の大事な時期を共に過ごしたことで、言葉を交わさずとも相手が何を考えているか、どこに動こうとしているかが分かるレベルにまで達していました。この「時間の蓄積」こそが、他国の急造ペアには決して真似できない、ワタガシペア最大の武器だったのです。
日本初となる混合ダブルスでの五輪メダル獲得の快挙
渡辺・東野ペアの功績の中で最も輝かしいのは、2021年の東京オリンピックでの銅メダル獲得です。日本のバドミントン史上、混合ダブルスでメダルを獲得したのは彼らが初めてでした。それまで日本において混合ダブルスは「メダルから最も遠い種目」と言われていただけに、この快挙は日本バドミントン界の常識を根底から覆すものでした。
東京オリンピックでは、地元開催という大きなプレッシャーがかかる中、二人は持ち前の粘り強いプレーで見事に表彰台に立ちました。準決勝で敗れた後の3位決定戦、勝利した瞬間に二人がコート上で抱き合った姿は、多くの日本人の記憶に刻まれています。あの抱擁には、10年以上にわたる努力と、混合ダブルスという種目の地位を確立させた自負が込められていました。
さらに、彼らの挑戦はそこで終わりませんでした。3年後のパリオリンピックでも、世界各国の強豪が対策を練ってくる中で再び銅メダルを獲得しました。オリンピックで2大会連続のメダル獲得は、日本バドミントン史上でも数少ない快挙です。安定して世界のトップレベルに君臨し続けた彼らの強さは、単なる偶然ではなく、緻密な戦略と弛まぬ努力の賜物であったことを証明しました。
世界ランキング1位への登り詰めた二人のコンビネーション
オリンピックだけでなく、二人は世界ツアーでも驚異的な成績を残しました。特に伝統ある全英オープンでの優勝は、彼らの実力を世界に知らしめる決定的な出来事でした。渡辺選手の変幻自在なラケットワークと、東野選手の攻撃的なジャンピングスマッシュが噛み合った時、世界のトップペアですら手も足も出ないほどの破壊力を発揮しました。
その結果、彼らは世界ランキング1位という称号を手にしました。混合ダブルスにおいて、アジアの強豪国である中国やインドネシアの壁を打ち破り、ランキングの頂点に立つことは至難の業です。二人はその壁を、力技ではなく「コンビネーション」という芸術的なプレーで乗り越えていきました。渡辺選手が前線でチャンスを作り、東野選手が後方から仕留める、あるいはその逆も然り。流動的なローテーションは世界を驚かせ続けました。
また、彼らはプレースタイルだけでなく、コート外での振る舞いでもファンを魅了しました。常に明るく、お互いをリスペクトし合う姿勢は、ジュニア世代の選手たちにとっても最高のロールモデルとなりました。二人の活躍によって、日本国内でも「混合ダブルスを専門にやりたい」と考える若手選手が増えたことは、彼らが残した大きな遺産の一つと言えるでしょう。
ワタガシペアの実績まとめ:全英オープン連覇、東京五輪銅メダル、パリ五輪銅メダル、世界ランキング最高1位。まさに日本混合ダブルス界のパイオニアです。
結婚発表と解散の関係は?プライベートと競技生活の真実

渡辺・東野ペアの解散発表と時期を同じくして、二人の結婚に関する報道が相次ぎました。特に渡辺選手がテレビ番組で一般女性との結婚を公表し、その直後に東野選手も自身の結婚(五十嵐姓への変更)を発表したため、「結婚したからペアを解消したのではないか?」と考えるファンも少なくありませんでした。しかし、実際のところ、結婚と解散に直接的な因果関係はありません。
渡辺勇大選手の電撃的な結婚報告とそのタイミング
渡辺勇大選手は、パリオリンピックを終えて帰国した直後のテレビ番組内で、一般女性と結婚していたことを電撃発表しました。これには番組共演者だけでなく、隣にいた東野選手さえも驚くという一幕があり、大きな話題となりました。渡辺選手によれば、入籍自体はオリンピック前に行われていましたが、競技に集中するために発表を控えていたとのことです。
この発表のタイミングが解散報道と重なったため、「奥さんが東野選手とのペアを快く思っていないのでは?」といった的外れな憶測が一部で流れました。しかし、渡辺選手は解散後も新しいパートナーと混合ダブルスを継続することを明言しており、結婚が競技内容や種目選択に影響を与えた事実は認められません。むしろ、私生活での安定がパリオリンピックでの銅メダル獲得を支えていたというのが真実に近いでしょう。
プロのアスリートにとって、人生のパートナーを得ることは大きな支えになります。渡辺選手は自身のYouTubeチャンネルなどでも、奥様への感謝を口にしており、公私ともに充実した状態にあることが伺えます。結婚という人生の節目と、ペア解散という競技生活の節目が重なったのは、あくまでパリオリンピックという「一つの時代の終わり」を区切りにした結果の偶然なのです。
東野有紗選手もコーチとの結婚を発表し「五十嵐」姓に
渡辺選手の発表からほどなくして、今度は東野有紗選手が自身のSNSで結婚を報告しました。お相手は、元バドミントン選手で現在は同じ所属先のコーチを務める五十嵐優さんです。東野選手は結婚に伴い、登録名を「五十嵐有紗」に変更することも発表しました。二人は約5年間の交際期間を経てゴールインしたとのことで、こちらも非常に温かい祝福に包まれました。
東野選手の結婚についても、解散の主因ではありません。彼女が女子ダブルスへの転向を決めたのは、あくまで自分自身のキャリアアップと夢のためです。夫となった五十嵐優さんはコーチという立場でもあり、東野選手の競技に対する情熱を誰よりも理解し、応援している人物です。結婚したことでむしろ、新しい種目への挑戦を全力でバックアップしてくれる心強いパートナーを得たと言えます。
一部のファンは「ワタガシの二人が結婚してほしかった」という願望を持っていましたが、彼らは当初から「最高の戦友であり、家族のような存在だが、恋愛感情はない」と断言してきました。それぞれが別のパートナーと幸せな家庭を築き、その上でそれぞれの競技人生を歩んでいく姿は、非常に現代的で自立したアスリートの形を示していると言えるでしょう。
公私を明確に分けたプロフェッショナルな関係性
渡辺・東野ペアが13年もの間、世界トップで戦い続けられた秘訣は、公私を明確に分けるプロフェッショナリズムにありました。二人はオフの時間に二人きりで遊ぶようなことはほとんどなかったと言います。しかし、一度コートに入れば誰よりもお互いのことを理解し、一つの目標に向かって突き進む。この絶妙な距離感こそが、長期にわたるペア活動を可能にしました。
もし二人が恋愛関係にあったとしたら、これほど長く冷静にパフォーマンスを維持することは難しかったかもしれません。感情の起伏がプレーに影響を与えるリスクを避け、常に「バドミントンをどう強くするか」という一点で繋がっていたからこその強さでした。解散にあたっても、お互いのプライベートな変化を尊重しつつ、競技者としてのメリット・デメリットを冷静に判断した結果、今の形にたどり着いたのです。
二人の結婚が同時期に発表されたのは、パリオリンピックという大きなイベントを無事に終え、一人の人間として、そして一人のアスリートとして新しい人生をスタートさせたいという思いが合致したからです。私たちは「ワタガシ」という夢のようなペアの終わりを惜しみつつも、それぞれのプライベートの幸せを心から祝福すべきでしょう。彼らの絆は、ペアを解消したからといって消えるような脆いものではありません。
新たな門出!渡辺勇大選手と東野有紗選手の今後のパートナー

解散は決して引退を意味するものではありません。渡辺選手も東野選手も、2028年のロサンゼルスオリンピックを見据えた新たなスタートを切っています。特に注目されるのは、それぞれが選んだ新しいパートナーとの化学反応です。これまでの経験を武器に、彼らがどのような新しいスタイルを築き上げていくのか、その展望を詳しく見ていきましょう。
渡辺勇大選手の新パートナー・田口真彩選手との可能性
渡辺勇大選手は、解散発表後すぐに新しいパートナーとして田口真彩選手とペアを組むことを発表しました。田口選手は渡辺選手よりも8歳年下の若手選手で、ジュニア時代からその才能を高く評価されてきた期待の星です。渡辺選手が若手の田口選手を選んだ理由は、彼女の持つ「未知の可能性」と「爆発力」に惹かれたからだと言われています。
渡辺選手は、自分がこれまでに培ってきた世界トップクラスの技術と経験を、次世代の選手に伝えていく役割も担っています。田口選手というフレッシュな才能と組むことで、渡辺選手自身のプレーにも新しい風が吹き込まれることが期待されます。ベテランの円熟味と若手の勢いが融合した時、これまでのワタガシペアとはまた違った、進化した混合ダブルスの形が見られるはずです。
すでに二人は合宿や遠征をスタートさせており、手応えを感じているようです。渡辺選手の緻密なコントロールと、田口選手の機動力のあるプレーが噛み合えば、再び世界の頂点に挑戦できる可能性は十分にあります。新しい「ワタナベ・タグチ」ペアが、どのような快進撃を見せてくれるのか、国内外のバドミントン関係者からも熱い視線が注がれています。
東野有紗選手が櫻本絢子選手と組んで目指す世界の頂点
一方、女子ダブルスへの転向を宣言した東野有紗選手は、櫻本絢子選手とペアを組むことになりました。櫻本選手は、女子ダブルスのスペシャリストとして長く日本代表を支えてきた実力者です。二人は所属チームは異なりますが、以前から親交があり、お互いのプレーを高く評価し合っていました。東野選手の高い攻撃力と、櫻本選手の安定した守備・配球力は、非常にバランスの取れた組み合わせと言えます。
東野選手にとって、女子ダブルスは完全な新天地ではありませんが、トップレベルで戦うためには解決すべき課題も多いのが現状です。混合ダブルスでは男性選手がカバーしてくれていたエリアを、自分たち二人で守り切らなければならない女子ダブルスの厳しさを、彼女は誰よりも理解しています。それでも「4年間、死ぬ気で頑張りたい」と語る彼女の言葉には、退路を断った強い覚悟が宿っています。
二人のデビュー戦となった国内大会では、いきなり好成績を収めるなど、そのポテンシャルの高さを見せつけました。東野選手特有のジャンピングスマッシュが女子ダブルスのラリーの中でどう活かされるのか、また、櫻本選手の熟練のテクニックが東野選手の良さをどう引き出すのか。日本の女子ダブルス界に新たな旋風を巻き起こす存在として、大きな期待が寄せられています。
ロス五輪を見据えたそれぞれの新しいスタート
二人が別々の道を選んだ究極の目標は、2028年のロサンゼルスオリンピックにあります。渡辺選手は混合ダブルスで、東野選手は女子ダブルスで、それぞれが表彰台を目指します。これは、日本のバドミントン界全体にとっても非常にポジティブな挑戦です。もし二人がそれぞれの種目でロス五輪に出場できれば、日本のメダル獲得のチャンスはさらに広がることになるからです。
アスリートにとって、現状に満足せず変化を求めることは、時に大きな苦痛を伴います。慣れ親しんだ最高のパートナーと離れ、未知の領域に踏み出すのは勇気のいる決断でした。しかし、二人はそのリスクを承知の上で、あえて厳しい道を選びました。それは、彼らがまだ「燃え尽きていない」ことの証明でもあります。
ファンとしては「ワタガシ」という名前に未練を感じる部分もありますが、これからは「渡辺選手のペア」と「東野選手のペア」の二つを応援できるという楽しみが増えたとも言えます。それぞれのコートで戦う二人が、数年後にロサンゼルスの地で再び、メダリストとして並んで笑顔を見せてくれる日を夢見て、私たちは新しい旅立ちを見守り続けましょう。
新体制のまとめ
・渡辺勇大選手:田口真彩選手とペアを組み、混合ダブルスを継続。若手育成と自身の進化を目指す。
・東野有紗選手:櫻本絢子選手とペアを組み、女子ダブルスへ本格転向。悲願の女子複メダルを狙う。
ファンが気になる「不仲説」は本当?ラストマッチで見せた二人の姿

解散のニュースが出ると、どうしても「仲が悪くなったのではないか?」という噂が流れるものです。しかし、渡辺・東野ペアに関して言えば、不仲説は完全に否定されています。彼らが最後に出場した「ジャパンオープン2024」での様子や、その後の発言を見れば、二人の間に流れる空気がいかに温かく、感謝に満ちたものであったかは明らかです。
解散の真相は不仲ではなく「やりきった」という達成感
一部のメディアやSNSでは「意見の相違で解散」といったセンセーショナルな見出しが躍ることもありましたが、真相はもっと深い信頼関係に基づいています。13年も一緒にいれば、時には意見がぶつかったり、気まずい時期があったりするのは当然です。二人は過去のインタビューで「一時期、あまり話をしない時期もあった」と正直に明かしていますが、それを乗り越えてパリでのメダルにたどり着きました。
不仲であれば、パリオリンピックという極限の状況下で、あのような素晴らしいパフォーマンスを発揮することは不可能です。特に劣勢の場面での励まし合いや、ポイントを決めた後のアイコンタクトには、長年のパートナーにしか出せない深い安心感が漂っていました。解散を選んだのは仲が悪いからではなく、お互いが自立した一人の選手として、さらに高みを目指すために「あえて離れる」必要があったからです。
二人の関係を例えるなら、長年連れ添った夫婦のような安定感というよりは、お互いの実力を認め合い、高め合ってきた「最強のライバルであり戦友」という表現がしっくりきます。共に戦った歳月が十分に満たされたからこそ、円満な形でのパートナー解消が可能となったのです。これは、ある意味で究極の信頼の証と言えるかもしれません。
ジャパンオープンでのラストマッチで見せた笑顔と涙
二人のラストマッチとなったのは、2024年8月の「ダイハツジャパンオープン」でした。横浜アリーナという大舞台には、二人の最後の雄姿を見届けようと多くのファンが詰めかけました。結果は準々決勝での敗退となりましたが、試合中の二人の表情は非常に晴れやかで、一打一打を噛みしめるようにプレーしていました。
試合終了後のコート上で、二人は深々と一礼をし、満場の拍手に応えました。東野選手の目には光るものがありましたが、それは悲しみの涙ではなく、13年間の全ての想いが溢れ出たような美しい涙でした。渡辺選手もまた、そんなパートナーを優しく見守り、最後まで「ワタガシ」らしい、笑顔の絶えない終わり方を演出しました。
試合後のインタビューで、二人はお互いへの感謝の言葉を尽くしました。渡辺選手は「東野先輩がいなければ、今の僕はいない」と語り、東野選手も「勇大くんと組めて本当に幸せだった」と応えました。この光景を目にしたファンの多くが、二人の解散が前向きなものであることを確信し、新しい道への祝福を心に誓った瞬間でした。
指導者としての視点も持ち始めた二人の成長
最近の二人の発言からは、自分たちのプレーだけでなく、日本バドミントン界全体を俯瞰して見るような「大人の視点」が感じられます。渡辺選手が若手と組むことを選んだのも、自分が経験してきた勝負の機微を後輩に継承したいという思いがあるからです。東野選手もまた、種目を変えて挑戦することで、女子ダブルスの底上げに貢献したいという責任感を持っています。
彼らはもはや、単なる一選手という枠を超え、日本バドミントン界を背負って立つアイコンとしての自覚を持っています。解散という選択も、自分たちのエゴではなく、どうすれば日本のバドミントンがもっと面白くなるか、もっと強くなるかという視点が含まれているように感じられます。自分たちが混合ダブルスを確立させたように、今度は新しい立場で新しいスタンダードを作ろうとしているのです。
このような高い志を持っている二人が、不仲などで足を引っ張り合うはずがありません。二人はこれからも、ライバルとして、あるいは時には相談相手として、良い距離感で切磋琢磨していくことでしょう。「ワタガシ」という伝説のペアは一度解消されますが、彼らが日本バドミントン界に蒔いた種は、これからもそれぞれの場所で大きな花を咲かせていくに違いありません。
ジャパンオープンでの最後の姿は、多くのバドミントン愛好家の心に深く刻まれました。不仲説を一切寄せ付けない、堂々としたラストマッチでした。
まとめ:バドミントン混合ダブルス渡辺・東野ペアが示した最高潮での引き際
バドミントン混合ダブルス渡辺・東野ペアの解散理由は、決して後ろ向きなものではなく、東野有紗選手が「女子ダブルスで頂点を目指す」という新たな夢に挑むため、そして二人が13年間の活動に一つの完成形を見出したためでした。パリオリンピックでの銅メダル獲得という最高潮のタイミングで発表されたこの決断は、お互いの人生と競技キャリアを最大限に尊重した、プロフェッショナルな選択と言えます。
二人が歩んできた13年間は、日本のバドミントン界にとってまさに革命の連続でした。中学時代からの絆を武器に、東京・パリと2大会連続でオリンピックの表彰台に立ち、混合ダブルスという種目の地位を不動のものにした功績は計り知れません。結婚というプライベートの幸せも重なりましたが、それさえも新しい挑戦への活力に変えていく二人の姿は、多くのアスリートにとって理想的な引き際と新たな門出のあり方を示しています。
現在はそれぞれ渡辺勇大選手は田口真彩選手と、東野有紗選手は女子ダブルスで櫻本絢子選手と(※ペア構成は大会により柔軟に変化)、2028年ロサンゼルスオリンピックに向けた再スタートを切っています。「ワタガシペア」としての活動は幕を閉じましたが、彼らが残した感動と実績は、これからも日本のバドミントンファンの心に生き続けます。私たちは、形を変えて進化し続ける二人の挑戦を、これからも全力で応援していきましょう。



