バドミントンの試合を観戦していると、突如「パン!」という高い音とともにプロ選手のガットが切れる場面を目にすることがあります。凄まじいスピードのスマッシュが飛び交うトップレベルの試合では、ガット切れは決して珍しいことではありません。
しかし、ガットが切れた瞬間の選手の動きは非常にスムーズで、驚くほど冷静に対応しています。一般のプレーヤーからすると、「ガットが切れたらどうすればいいの?」「試合中にラケットを替えてもいいの?」と疑問に思うことも多いはずです。
この記事では、試合中のガット切れに対してプロがどのように対応しているのか、その具体的な手順やルール、さらには私たちが真似できる事前準備のポイントを詳しく解説します。プロの知識を取り入れて、万が一の事態にも落ち着いて対処できるようになりましょう。
試合中のガット切れにプロはどう対応する?基本的な流れとルール

試合中にガットが切れた際、プロ選手は一瞬の迷いもなく次の行動に移ります。まずは、試合の進行を妨げずにどのようにラケットを交換しているのか、その基本ルールと立ち回りについて見ていきましょう。
ラリー中にガットが切れた場合の即座の判断
もしラリー中にガットが切れてしまった場合、プロ選手はそのままラリーを続行するか、あるいはあきらめるかの判断を瞬時に行います。ガットが切れた状態ではシャトルのコントロールが著しく低下し、正確なショットを打つことが非常に難しくなるからです。
多くの場合、相手にチャンスボールを与えてしまうことになるため、無理に打ち返そうとせず、そのポイントは失点を受け入れるケースも少なくありません。しかし、ダブルスなどでパートナーがカバーできる場合は、隙を見てコート脇にある自分のバッグへ走り、予備のラケットに持ち替えるという驚異的なプレーを見せることもあります。
ルール上、ラリー中にラケットを交換すること自体は禁止されていません。ただし、交換のためにプレーを中断させることは認められていないため、あくまでラリーの流れの中で、一瞬の隙を突いて交換する必要があります。これは非常に高度な技術と判断力が求められるプレーです。
ポイント終了後のスムーズなラケット交換
ラリーが終わった直後にガットが切れていることに気づいた場合、プロ選手はすぐさま審判に合図を送り、ラケットを交換する旨を伝えます。ポイントとポイントの間であれば、ラケットを替えることは完全に認められています。選手は自分のベンチやバッグがある場所まで戻り、数秒で予備を手に取ります。
この際、プロ選手は決して慌てません。予備のラケットはあらかじめグリップの感触やガットの状態が確認されており、手に取った瞬間に違和感なくプレーを再開できる準備が整っているからです。審判もガット切れによる交換には寛容ですが、不必要に時間をかけることは遅延行為とみなされるため、動作は常に迅速です。
また、ダブルスの場合はパートナーがシャトルを拾いに行ったり、審判とコミュニケーションを取ったりしている間に、もう一人がラケットを替えるといったチームワークも見られます。試合の流れを途切れさせないよう、ペアで連携して対応しているのがプロの現場です。
アンパイアへの申告と競技規則上の扱い
バドミントンの競技規則では、ガットが切れたラケットでプレーを続けること自体は禁止されていません。しかし、前述の通りコントロールが効かないため、速やかに交換するのが一般的です。交換する際は主審(アンパイア)に対して、ラケットが破損したことを身振り手振りや言葉で伝えます。
プロの大会では、交換した後の「切れたラケット」の扱いも決まっています。基本的には自分のバッグの近くに置きますが、コート内に放置してプレーの妨げになることは絶対に許されません。選手は冷静に、かつスマートに道具の管理を行い、次のサーブが始まる前には完全に戦闘態勢に戻っています。
ちなみに、ラケットをコートの外に放り投げたり、乱暴に扱ったりすることはマナー違反として警告の対象になる場合があります。プロ選手は道具を大切に扱うことも仕事の一部であるため、ガットが切れた際も丁寧かつ迅速に、所定の場所へラケットを戻すのが基本動作となっています。
プロが試合に持ち込むラケットの本数と徹底した準備

プロ選手が試合中のガット切れに動じない最大の理由は、万全の準備にあります。彼らがコートに持ち込むバッグの中には、私たちが想像する以上の本数のラケットが完璧な状態で収められています。
最低でも6本から10本以上を常備する理由
トッププロの場合、1試合のために6本から10本程度の予備ラケットを準備してコートに入ります。これは、1試合で複数回のガット切れが起きる可能性を考慮しているだけでなく、状況に応じた使い分けを想定しているためです。ガットが切れることは「事故」ではなく「起こりうる事態」として計算されています。
特に高温多湿な環境の大会や、非常に強い力でスマッシュを打ち続けるパワープレーヤーの場合、ガットにかかる負担は相当なものになります。1ゲームの間に2回ガットが切れることも珍しくないため、これだけの本数が必要になるのです。常に同じ感覚で打てる「控え」が大量にある安心感が、プロの集中力を支えています。
また、プロは遠征期間中、毎日ガットを張り替えることもあります。たとえ切れていなくても、一度試合で使ったガットはテンション(張りの強さ)が微妙に落ちてしまうからです。常に最高の結果を出すために、常に新品同様の状態のラケットを複数本用意しておくのがプロの世界の常識です。
テンションを微妙に変えたバリエーションの用意
単に同じ本数を揃えるだけでなく、プロはガットの張りの強さ(テンション)をわずかに変えたラケットを用意することもあります。例えば、メインで使うものが30ポンドだとしたら、29ポンドや31ポンドといった、前後1ポンド刻みで調整されたラケットを準備するのです。
これは、試合会場の空調や湿度の変化に対応するためです。湿気が多い日はシャトルが重く感じ、飛ばなくなるため、少しテンションを落としたラケットが適しています。逆に乾燥してシャトルが飛ぶ日は、コントロールを重視して高めのテンションを選びます。ガット切れによる交換は、こうした戦略的な変更を行うチャンスにもなり得ます。
選手はウォーミングアップの段階でその日の「最適解」を見つけ出し、どの順番でラケットを使うかを決めています。ガットが切れてラケットを替えた際、もしそれまで使っていたものと少し感覚を変えたければ、あえてテンションの違う予備を手に取るという判断もプロならではの技術です。
全てのラケットを同一仕様にカスタマイズ
複数本のラケットを持つプロですが、それらは全て同じモデルであり、グリップの太さやバランス、重さが極限まで統一されています。ガットが切れて別のラケットに持ち替えた際、手に持った感触が異なるとミスショットの原因になるため、道具の個体差を徹底的に排除しているのです。
グリップテープの巻き方一つとっても、プロには並々ならぬこだわりがあります。重なり具合や厚みが数ミリ違うだけで指先の感覚が変わるため、専属のストリンガー(ガットを張る人)やマネージャーが細心の注意を払って調整、あるいは選手自身が寸分狂わず巻き上げます。
このように、プロにとって予備のラケットは「代わりの品」ではなく、「全く同じ機能を持つ分身」です。この徹底した同一性が、試合中に突然ガットが切れても、次のプレーでいきなり鋭いスマッシュを打ち込める高いパフォーマンスの維持を可能にしています。
一般プレーヤーも、全く同じラケットを2本持っておくだけで安心感が違います。同じモデル、同じグリップ、同じガット、同じテンション。この「同じ」を揃えることが上達への近道です。
ガットが切れた瞬間にプロが行う「ガット切り」の重要性

プロの試合をよく見ていると、ガットが切れた直後にハサミを取り出して、残っているガットをバラバラに切っている姿を見かけることがあります。一見するともったいないようにも見えますが、これにはラケットを守るための非常に重要な理由があります。
フレームの変形や破損を防ぐための応急処置
バドミントンのラケットは非常に軽量でデリケートな素材で作られています。ガットが1箇所でも切れると、それまで均等にかかっていた数キログラムから十数キログラムもの張力のバランスが、一瞬で崩れてしまいます。これが、実はラケットにとって非常に危険な状態なのです。
一部のガットが切れたまま放置すると、残ったガットがフレームを不自然な方向に引っ張り続けます。これにより、カーボン製のフレームが目に見えないレベルで歪んだり、最悪の場合はパキッと折れてしまったりすることがあります。高価なラケットを守るためには、張力の偏りを即座に解消しなければなりません。
プロはガットが切れた後、チェンジオーバー(コート交代)の間や試合直後に、残りのガットを速やかにカットします。これにより、フレームにかかる負荷を均等にゼロにすることができ、大切な道具の寿命を延ばしているのです。これはプロだけでなく、全てのバドミントンプレーヤーが知っておくべき知識です。
正しいガットの切り方と手順
ガットを切る際も、適当に切れば良いというわけではありません。プロ選手や専門のストリンガーは、フレームへの負担を最小限にするために「中心から外側へ」向かって切ることを推奨しています。まずは十字に交差している中心付近を切り、そこから上下左右へとバランスよく切り進めていきます。
この手順を守ることで、フレームの特定の箇所に強い力が集中するのを防げます。プロのバッグには、専用のニッパーや小型のカッターが必ず入っており、ガットが切れたらすぐに対処できる体制が整っています。もし自分の手元にハサミがない場合は、周りの仲間に借りてでも早めに切ることが推奨されます。
また、ガットを完全に切った後は、そのままにせず、なるべく早く新しいガットを張り直す準備をします。フレームを裸の状態(ガットがない状態)で長く放置しすぎるのも、湿気や温度変化の影響を受けやすくなるため、プロは大会期間中であればその日のうちにストリンガーへ預けます。
プロ選手が持ち歩く「ガット切り専用ツール」
プロ選手のバッグには、競技用の道具だけでなく、メンテナンス用のツールも完備されています。ガットを切るための道具としては、一般的な事務用ハサミではなく、強力な糸を簡単に切れるニッパーや、バドミントン専用のストリングカッターが愛用されています。
【プロが愛用する主なメンテナンス道具】
・ストリングカッター:太いガットも軽い力で一気に切れる専用品
・精密ニッパー:根元からガットを切り取る際に便利
・グリップテープの予備:常にフレッシュな感覚を保つための必需品
これらのツールを使いこなし、ガットが切れた後もスマートに対処するのがプロの流儀です。自分のラケットを最高のコンディションに保つために、試合以外での細かな配慮を怠らない姿勢が、長年にわたる現役生活を支える要因の一つとなっています。
なぜプロのガットは頻繁に切れるのか?その技術的な理由

「プロはあんなに上手いのに、なぜガットが切れるの?」と思う初心者の方もいるかもしれません。実は、プロだからこそガットが切れやすいという技術的な側面があります。そこには、高いパフォーマンスを追求するための代償が隠されています。
驚異的なハイテンション(張りの強さ)の設定
一般的なプレーヤーが20〜24ポンド程度でガットを張るのに対し、プロ選手は28ポンドから、中には34ポンドといった驚異的なハイテンションで張っています。ガットを強く張れば張るほど、シャトルを弾く速度が増し、鋭いショットを打ちやすくなります。
しかし、強く張るということは、ガット自体が常に限界まで引き伸ばされている状態にあることを意味します。そこにプロの凄まじいスイングスピードによる衝撃が加わるため、ほんの少しのミスショットや消耗でも、ガットが耐えきれずに切れてしまうのです。ハイテンションは諸刃の剣とも言えます。
また、ガットは一度張られた瞬間から劣化が始まります。プロが使うほどの強い張力だと、打っていなくてもガットへのストレスが蓄積されます。そのため、一般の人なら数ヶ月持つようなガットでも、プロの打球威力と張力の組み合わせでは、数日、あるいは数時間でその寿命を迎えてしまいます。
細いガットによる反発力の追求
プロ選手は、反発力や打球感を重視して非常に細いガット(ゲージが0.61mm〜0.66mm程度)を好んで使用する傾向があります。ガットが細ければ細いほど、空気抵抗が減り、シャトルへのパワー伝達効率が高まります。繊細なヘアピン(ネット際に落とすショット)も打ちやすくなるメリットがあります。
その反面、細いガットは物理的な耐久性が低くなります。プロの強力なスマッシュを細いガットで受け止め、さらに打ち返すという動作は、ガットにとって想像を絶する負荷です。たとえ芯(スイートスポット)で捉えていても、数試合戦えばガットの表面は削れ、毛羽立ってきます。
耐久性よりも「勝つための性能」を優先するのがプロの世界です。切れることを前提に、最も自分のパフォーマンスを引き出せる細いガットを選び、それを大量の予備ラケットでカバーするというのが、トップ選手のスタイルとして確立されています。
スイートスポットを外した際の強烈な負荷
どれほど正確なショットを打つプロ選手でも、極限のラリーの中では打点が数ミリずれることがあります。特にフレームに近い位置(ガットの端)でシャトルを捉えてしまった場合、ガットにかかる負担は中心部よりもはるかに大きくなります。
ガットの端っこは遊びが少なく、衝撃を逃がす場所がないため、強いスマッシュをここで受けると一発で「プツン」と切れてしまいます。これを「ヘリ切れ」と呼びますが、プロの試合ではこうした一瞬のミスがガット切れを誘発することも多いのです。
また、ダブルスではパートナーとラケットが接触することもあります。目に見えない傷がガットやフレームに入り、その後のハードヒットで一気に断裂するというパターンも存在します。プロのガット切れは、技術の限界に挑み、激しい戦いを繰り広げている証拠とも言えるでしょう。
| 要素 | プロの設定・傾向 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| テンション | 28〜34ポンド以上 | 弾きが良く、鋭いショットが打てる | ガットへの負担が非常に大きく切れやすい |
| ガットの太さ | 0.61mm〜0.66mm(細め) | 反発力が高い、操作性が良い | 摩耗に弱く、耐久性が低い |
| 使用頻度 | 毎日〜数日おきに張替え | 常に新鮮な打球感を得られる | 維持コストと手間が非常にかかる |
プロの対応から学ぶ!一般プレーヤーが真似すべきポイント

プロのように何十本もラケットを持つことは難しいですが、彼らの考え方や対応から学べることはたくさんあります。普段の練習や試合でトラブルを最小限に抑えるための、実践的なヒントをまとめました。
最低でも2〜3本の予備ラケットを用意する
バドミントンを楽しむなら、同じモデル、あるいは似た感覚で打てる予備のラケットを必ず1本以上はバッグに入れておきましょう。「自分はそんなに強く打たないから切れない」と思っていても、不意の接触や経年劣化でガットは突然切れるものです。
もし試合中にガットが切れて予備がなかった場合、その場で棄権せざるを得なくなったり、慣れない他人のラケットを借りてプレーがボロボロになったりします。これではせっかくの試合が台無しです。自分の実力に見合った、使い慣れた予備があるだけで、試合中の安心感は劇的に変わります。
理想は全く同じスペックのものを2本揃えることですが、難しい場合は「予備用のラケット」として古いモデルを大切に保管しておくのも一つの手です。いざという時に、自分のグリップの太さに調整された「自分の道具」があることが、メンタルを安定させる一番の要因になります。
ガットの「ささくれ」を定期的にチェックする
プロが試合前に必ず行うのが、ガットの表面チェックです。ガットが切れる前には、多くの場合「ささくれ」や「毛羽立ち」が見られます。特に縦糸と横糸が重なっている部分が削れて細くなっていたら、それは「もうすぐ切れます」というサインです。
練習の前後や試合の合間に、ガットを指でなぞってみたり、光に当てて確認したりする習慣をつけましょう。もし毛羽立ちが激しい場合は、試合中に切れてパニックになる前に、あらかじめ張り替えておくのが賢明です。プロはこの「事前交換」の判断が非常に優れています。
また、ガットだけでなく、グロメット(フレームの穴を保護するプラスチックパーツ)の痛みもチェックが必要です。グロメットが割れていると、フレームが直接ガットを傷つけてしまい、新品のガットでもすぐに切れてしまう原因になります。細かい部品のメンテナンスが、ラケットの寿命を延ばす秘訣です。
ガットが切れたらその場ですぐに切る習慣をつける
これは今日からでも実践できる最も重要なポイントです。もしガットが切れてしまったら、そのままバッグにしまわずに、可能な限り早くハサミで残りのガットをカットしてください。前述の通り、フレームの変形を防ぐためです。
「後でショップに持って行くときに切ってもらえばいいや」と思うかもしれませんが、その数時間の放置がフレームにダメージを与え続けてしまいます。バドミントンバッグの中には、常に小さなハサミを一丁忍ばせておきましょう。これだけで、数万円するラケットが歪むリスクを大幅に減らせます。
ショップやストリンガーとの信頼関係を築く
プロ選手には専属のストリンガーがいることが多いですが、一般プレーヤーも自分のお気に入りのショップや、信頼できるストリンガーを見つけることが大切です。自分のプレースタイルを理解してくれるプロに相談することで、ガットが切れにくい張り方や、自分に合ったガットの種類を提案してもらえます。
例えば、「最近ガットがすぐ切れるんです」と相談すれば、少し太めのガットを勧めてくれたり、テンションを微調整してくれたりするでしょう。また、急な試合前にガットが切れてしまった際も、顔なじみのショップであれば無理を聞いて特急で張り替えてくれることもあります。
道具のケアを専門家に任せることで、プレーヤーはプレーだけに集中できるようになります。プロが最高の環境で戦っているように、私たちも身近な専門家の力を借りて、常にベストな状態でコートに立てるよう準備を整えておきましょう。
ガット切れは、上達して打球が強くなってきた証拠でもあります。焦らず、自分の成長を楽しみながら、新しいガットを選ぶワクワク感を持って対処しましょう。
試合中のガット切れへのプロの対応まとめ
試合中にガットが切れるというアクシデントに対して、プロ選手がどのように立ち振る舞い、どのような準備をしているのかを解説してきました。彼らのスマートな対応は、単なる慣れではなく、徹底したリスク管理と道具への深い愛情に基づいています。
プロはラリー中に切れても冷静に判断し、ポイント間には瞬時に予備のラケットへと持ち替えます。その裏には、10本近い同一仕様のラケットを常備し、さらに現場の環境に合わせてテンションを微調整するという、妥協のない事前準備が存在します。
また、切れた後のラケットを守るために、即座に残りのガットをカットするという基本的なメンテナンスも欠かしません。これらの行動は全て、次の1点を取りに行くため、そして自分の大切な道具を最高のコンディションに保つための合理的な選択です。
私たち一般プレーヤーも、プロの姿勢から多くを学ぶことができます。最低でも2本のラケットを用意すること、ガットの毛羽立ちをチェックすること、そして切れたらすぐにハサミを入れること。これらの習慣を身につけるだけで、突然のトラブルにも動揺せず、バドミントンをより深く、安心して楽しめるようになるはずです。



